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パサージュの魅力

パサージュと呼ばれる、ガラスの屋根が架けられた歩行空間をご存知でしょうか。19世紀にパリに生まれ、その後、ヨーロッパ全体に広がりました。

当時のパリはまだ歩道が整備されておらず、馬車が走る脇を、泥はねに気を配りながら歩かなければなりませんでした。パサージュは、交通量の多い2つの道をつなぐように街区の中を貫通し、大きな建物がそれを内包する形で誕生した歩行者専用空間です。

デザインが揃った左右対称の空間に、さまざまな店が並び、床は石やタイルが敷き詰められました。鉄の装飾が美しいガラスの屋根のおかげで雨が降っても快適なパサージュは、「ゆったりとしたそぞろ歩き」ができる場所として大変な人気を博したそうです。冬も快適なように、店内とアーケード全体に、循環する暖房を備えたものもありました。

パサージュはその後、イギリスやイタリア、ドイツ、ロシアなど各国で建設されていきました。国によって「ガレリア」「アーケード」など呼び名が異なり、またその規模や空間もそれぞれに発展していきました。現存するもので最も有名なのは、イタリア・ミラノの中心部にある「ガレリア・ヴィットリオ・エマニュエル二世」でしょう。4階建ての屋根部分に架けられた鉄とガラスの天井から、さんさんと光が降り注ぎ、両側の立面も美しく、十字型の平面の交差部にはガラスのドームが架けられています。カフェや有名なブティックが軒を並べる豪奢な空間は、街を代表する都市施設として風格を誇っています。

19世紀後半に隆盛を迎えたパサージュは、20世紀に入ると衰退しました。理由の一つは百貨店の登場だといわれています。その代表格であるパリのギャルリー・ラファイエットは、中心に堂々とした大きな吹き抜けをもち、その天井のドームはガラスと鉄で華麗な装飾が施されました。もちろん商品の量でも比較にならなかったはずです。その後たくさんのパサージュがなくなり、今は最盛期の約10分の1に減ってしまいました。

しかし近年、現存する数少ないパリのパサージュが、再びその魅力を認められているようです。ミシュランの星を取り続けているあるレストランもこぢんまりしたパサージュ・パノラマに位置し、店名にもパサージュを取り入れています。特集ページを組んだ観光ガイドブックも出てきました。全天候型で、気軽に通り抜けができ、カフェで一休みや買い物ができる親しみやすい公共空間は、都市生活者にとって貴重な資源だということが再認識されてきているようです。

世界の金融の中心地、ロンドンのシティにも、リーデンホール・マーケットというアーケードがあります。その歴史は14世紀に建てられた市場に遡るのですが、ガラスがはめ込まれた屋根など現在の佇まいの原型は19世紀終わりにつくられたものだそうです。シティといえば観光客には敷居が高く、ぎすぎすしたビジネス街に思えるのですが、このアーケードの空間には、誰をもほっとさせてくれる、親しみやすさがあります。

私は長らく、屋外のような屋内のようなあいまいな空間でありながら、その街を魅力的にするヒューマンスケールな場所に魅せられてきました。日本にもアーケードは戦後たくさんつくられ、商店街として賑わいを呈してきました。今では活気を失いシャッター街と化してしまった商店街も少なくありません。日本のアーケードはこれからどうなるのか?次回、考察したいと思います。

(2014年8月22日 産経新聞掲載記事より転載)

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