江里好継デザインの店に座る時間
美味しいものが好きで、それを食する空間にも眼が肥えた人に、江里好継のデザインした店を経験したことがない人は福岡にはいないだろう。
彼は、色気がありながら禁欲的で、開放的なのに暗がりがある、或いはその逆の、一見矛盾した状態をつくり出せるデザイナーだった。だからこそ五感に響く仕事ができる人だった。
暗い照明。手元の料理はくっきりと浮かび上がるが、周りに潜む、壁や天井の素材感のある材料たちは目が慣れて来ないと見えてこない。旨い一皿が置かれたカウンターは背景として沈んでいるが、目を凝らさなくてもその重みと質が、箸を取ろうとする指先から伝わってくる、というように。桜坂のIMURI、西中洲のレザン・ドール、久山の茅乃舎…。後で手が加わって当初のデザインが維持されにくいのが飲食店だが、これらの店ではよく守られている。オーナーが熱心な江里ファンだからだろうか。
オーナーとデザイナーの思いと仕事がユーザーの満足度、すなわち数字にダイレクトに響くサービス空間は、デザイナーにとってやりがいと恐ろしさが同居する仕事だろう。それぞれの店でスタイルは異なるべき、「違い」を表すべきでありながら、そのデザイナーの「空気」を埋め込んで行くのはどんなに高度な仕事だろう。
江里さんは5年前の2008年に亡くなった。その一年程前にパーティーで行きあったとき「今度ワインを飲みながらゆっくり話しましょうね」と優しい声で言ってくれたのに、実現できなかった。スレンダーで恰好良かった江里さんに心の中で献杯しつつ江里デザインの店に座る時間は、福岡という街を愛する気持ちを醸造させる。江里デザインの店が続いて欲しいものだと心から思う。でないと、美しい色に満たされた美しいワイングラスを傾ける口実が減ってしまうではないか。