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エミリオ・アンバーツとアクロス福岡

少し前まではあまり知られていなかったエコやサステナブルという言葉も今や当たり前の概念であり、建築のコンペでも必須項目となりました。

これらの概念をもっともシンボリックに、目に見える形で実現した建物が、アクロス福岡だと言えるでしょう。1995年に福岡市の中心部に完成した巨大な階段状の建物です。

その緑で覆われた姿は、福岡市民にとっては見慣れた存在になっていますが、世界的にも珍しい大胆な建築なのです。日中は樹木が生い茂る大階段を自由に散歩することができ、南側の天神中央公園とともに、都心の貴重な緑地となっています。

施設内に一歩足を踏み入れると大きなアトリウムがあり、採光窓から木漏れ日が柔らかく降り注ぎます。そしてこのアトリウムを囲むようにオフィスやシンフォニーホール、商業施設などが配置されています。

元々ここには福岡県庁がありました。その跡地に複合用途建物を建てることになり、事業コンペで5つのグループが競い、選ばれたのが現在の建物の原案です。日本設計と竹中工務店の設計チームには、米国在住のアルゼンチン人建築家、エミリオ・アンバーツ氏が加わりました。

アンバーツ氏は、当時から非常にユニークな建築家として知られ、彫刻家のような造形力を発揮して、緑と建築を融合させるデザインを得意としていました。綿密な計算とともに取り組む科学的なエコロジーというより、もっと概念的で芸術的な建築家だと私はとらえています。

四半世紀前に、すでに自然と一体となる建築をいくつも提案していたのは先見の明だと思います。コンペ時点では、今の緑地に加え、階段の中腹から公園に向かって流れ落ちる滝も描かれていました。

建物の北と東西の三面はガラスで覆われていて、クールな印象を与えます、オフィス街にマッチした表情だとも言えるでしょう。これと対照的に「ステップガーデン」と呼ばれる南面の緑の階段は、20年近い歳月を経て、樹木が成長し、森のようになりました。完成当初は76種3万本が植えられたそうですが、現在、種類は2倍近くに増え、5万本に達するそうです。鳥や風が種を運んだのでしょう。

中段付近には屋外劇場も設置されています。この緑化により、建物内部の冷房負荷が低減されただけではありません。夜間は放射冷却効果により、冷やされた空気が公園に吹き降り、昼間には植物の蒸発散作用が熱を奪い、周辺の温度上昇を抑制しているそうです。

ところで、アクロス福岡の天神中央公園を挟んで南側に済生会福岡総合病院があります。ある時、私は友人のお見舞いでこの病院を訪れました。友人は北向きの病室に入院していたので、普通なら日当たりがよくないはずなのですが、一歩足を踏み入れた途端、目の前に広がる景色に驚嘆しました。さまざまな樹木が日光を浴びて輝きながら、天神中央公園からステップガーデン最上部の地上60メートルまで登り上がっていくように見えたからです。人工とは思えないほどダイナミックな美しさ…。きっとたくさんの入院患者が、この景色に癒されたに違いありません。

建物はそれ単体で、機能や用途を満足させる必要があるのは当然ですが、街並みを創り、周辺環境を変える大きな力も持っています。その意味で、建物は公的な存在であり、社会資産であるべきなのです。アクロス福岡はその意味で、チョコチョコとした屋上緑化や壁面緑化とは次元の違う優れた建築だと言えるでしょう。

(2014年1月23日 産経新聞掲載記事より転載)

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